2019年10月13日
ことこと列車④60thクルーズ/呑み鉄plus
ことこと列車④里山田園風景と腕木式信号

田川伊田駅停車中に佐々木運転士にことこと列車運転の際気をつけておられることを尋ねてみた。
やはり「列車の揺れを少なく(小さく)運転すること」に最大限の注意を払っているとのこと。これにはいろんな意味が含まれていると思うが第一にスムーズな加減速が絶対であり、マスコンの操作には「急」は禁物。特にブレーキは難しいと思う。
非常に神経を使うので、乗務最初のころは肩が痛くなってしまったことがあったとか。現在ではしっかり克服されたそうだが、今でも時間が押してくる(定時運転に支障が出てくる)と加減速の幅が大きくなるので、かなり神経を使うのだそうだ。

(単線区間を走行)

(時速40km/h以下をキープ:運転に支障のない後部車両の運転席で撮影)

(別方向から見る香春岳)
定刻となりことこと列車は田川伊田駅を離れる。ここからは単線区間の田川線となる。
出発時は、これまでと大きく風景が変わった気はしなかったが、柚須原駅に到着するとその認識は一変することをまだ知らなかった。

(クルーのみなさんに囲まれてハッピーバースデー♪♪♪)

(車内のシェフによる力作)
ことこと列車の車内では田川伊田駅出発後、佐々木チーフからの案内が流れた。
今日の乗客に誕生日を迎える方がおられるそう。(記憶では3名)車内にクルーと乗客が一体となって♪ハッピーバースデーが熱唱される。
またその方々には、特別な「 ガトーショコラ(チロルチョコへのオマージュ) 」が飲み物と一緒にテーブルに。食事のクライマックスが盛り上がる。

(デザート:ガトーショコラ)
もちろん龍鐵氏と呑鉄朗にも通常のガトーショコラと珈琲がテーブルに。ここで使用される珈琲カップも上野焼だそう。

(定期列車と交換:柚須原駅)
ことこと列車は、最後の休憩となる柚須原駅に停車する。

(腕木式信号機:柚須原駅)
停車直前、車窓から呑鉄朗の目に飛び込んできた「腕木式信号機」。すでに現役ではないが、近くでその姿を見ることが出来そうだ。扉を出てすぐ対向ホームへ向かう、赤と緑のガラスを着装すれば、今にも使えそうな感じがする。
もう以前から国内では、この腕木式信号機が使用されているところは殆どなかったが、現在唯一の現役は、青森・五所川原~金木間を結ぶ津軽鉄道のみのハズだ。

(駅名票:柚須原駅)
腕木式信号はその姿からもインパクトが強く、現役を退いてからもオブジェとして残されるものもありまだ見かけることもある。昭和を感じさせる設備のひとつである。
(腕木式信号機:柚須原駅)

(信号機テコ:柚須原駅)
腕木式信号の撮影が一段落し周りを見渡すと、駅舎も大変趣があるレトロな感じだ。調べてみると明治時代の建築物で築100年を超えているそうだ。
鉄パイプで作られた改札口も残っており、過去には映画で撮影されたこともあるそうだ。
呑鉄朗が選ぶ平成筑豊鉄道の一番のスポットは、柚須原駅が急浮上である。

(柚須原駅に停車中のことこと列車)

(柚須原駅駅舎ホーム側)

(駅名票)

(運賃表)

(改札口)

(改札口からことこと列車を望む)

(柚須原駅で出発を待つことこと列車)

(柚須原駅出発)
ことこと列車に戻ると、佐々木チーフから信じられないような話が、腕木式信号機を復活させるとのこと。それもかなり具体的で、すでに工務の作業員の方が、計画を実行されている段階と聞いた。
近いうちに現役の腕木式信号機の復活が見られたら嬉しいと思う。

(山間部とレトロな鉄橋)

(レトロな鉄橋を進行)

(両側に林が広がる)

(佐々木運転士の車窓案内で先頭部に集まる乗客)

(最初から複線を想定し作られた隧道)

(山間部から農村部へ)

(神社の境内を線路が横切る:映画やアニメの1シーンのような場所)

(踏切と鉄橋)
興奮が冷めないまま柚須原駅を出発しコースの最後の珈琲を楽しむ。続いて、この先の源じいの森~崎山間で、九州最古の隧道を通過すると佐々木運転士から案内が流れる。
第二石坂トンネルと称するこの隧道は、1895年(明治28年)に完成している。100年以上現役で使用されている。目の前に第二石坂トンネルが現れると、なんと複線を想定した仕様となっていた。この後も隧道、鉄橋、神社の境内を抜けるなど、車窓は次々と目を楽しませるものになっていく。
田川線には、昭和の風景が多々残っているといっても過言でないような気がした。

(定期列車と交換)

(令和コスタ行橋駅)
そして、フィナーレを迎える直前には、令和コスタ行橋駅を通過する。
この駅は、改元後全国初の新駅だそうで令和元年8月24日に開業したばかりである。ここもことこと列車と同じくドーンデザイン研究所の設計とのこと。

(終点行橋駅に停車中のことこと列車)
進行方向右手から日豊本線が近づいてくると、いよいよ終点の行橋駅である。
直方から田川伊田、再び直方に戻り、金田、田川伊田、柚須原、行橋と約3時間半のクルーズだが、クルーの皆さんのおもてなし、おいしい食事とワイン、上品な車両となつかしい車窓のお陰で、充実した時間となり実時間よりも短く感じ下車が名残惜しかった。

(ことこと列車本日のクルーのみなさん:行橋駅)
本日の関係者のみなさんに心から感謝します。ありがとうございました。
腕木式信号が復活したらまた、ことこと列車の予約待ちをしようと思う。
当ブログにお越しくださいましてありがとうございます。
本件記事は、本編4編と番外1編の計5編で構成し4編目(本編完結)です、次回の更新は未定です。
本件記事掲載にあたり平成筑豊鉄道の関係者の皆様のご協力を頂戴しましたことに深く御礼申し上げます。
田川伊田駅停車中に佐々木運転士にことこと列車運転の際気をつけておられることを尋ねてみた。
やはり「列車の揺れを少なく(小さく)運転すること」に最大限の注意を払っているとのこと。これにはいろんな意味が含まれていると思うが第一にスムーズな加減速が絶対であり、マスコンの操作には「急」は禁物。特にブレーキは難しいと思う。
非常に神経を使うので、乗務最初のころは肩が痛くなってしまったことがあったとか。現在ではしっかり克服されたそうだが、今でも時間が押してくる(定時運転に支障が出てくる)と加減速の幅が大きくなるので、かなり神経を使うのだそうだ。
(単線区間を走行)
(時速40km/h以下をキープ:運転に支障のない後部車両の運転席で撮影)
(別方向から見る香春岳)
定刻となりことこと列車は田川伊田駅を離れる。ここからは単線区間の田川線となる。
出発時は、これまでと大きく風景が変わった気はしなかったが、柚須原駅に到着するとその認識は一変することをまだ知らなかった。
(クルーのみなさんに囲まれてハッピーバースデー♪♪♪)
(車内のシェフによる力作)
ことこと列車の車内では田川伊田駅出発後、佐々木チーフからの案内が流れた。
今日の乗客に誕生日を迎える方がおられるそう。(記憶では3名)車内にクルーと乗客が一体となって♪ハッピーバースデーが熱唱される。
またその方々には、特別な「 ガトーショコラ(チロルチョコへのオマージュ) 」が飲み物と一緒にテーブルに。食事のクライマックスが盛り上がる。
(デザート:ガトーショコラ)
もちろん龍鐵氏と呑鉄朗にも通常のガトーショコラと珈琲がテーブルに。ここで使用される珈琲カップも上野焼だそう。
(定期列車と交換:柚須原駅)
ことこと列車は、最後の休憩となる柚須原駅に停車する。
(腕木式信号機:柚須原駅)
停車直前、車窓から呑鉄朗の目に飛び込んできた「腕木式信号機」。すでに現役ではないが、近くでその姿を見ることが出来そうだ。扉を出てすぐ対向ホームへ向かう、赤と緑のガラスを着装すれば、今にも使えそうな感じがする。
もう以前から国内では、この腕木式信号機が使用されているところは殆どなかったが、現在唯一の現役は、青森・五所川原~金木間を結ぶ津軽鉄道のみのハズだ。
(駅名票:柚須原駅)
腕木式信号はその姿からもインパクトが強く、現役を退いてからもオブジェとして残されるものもありまだ見かけることもある。昭和を感じさせる設備のひとつである。
(腕木式信号機:柚須原駅)
(信号機テコ:柚須原駅)
腕木式信号の撮影が一段落し周りを見渡すと、駅舎も大変趣があるレトロな感じだ。調べてみると明治時代の建築物で築100年を超えているそうだ。
鉄パイプで作られた改札口も残っており、過去には映画で撮影されたこともあるそうだ。
呑鉄朗が選ぶ平成筑豊鉄道の一番のスポットは、柚須原駅が急浮上である。
(柚須原駅に停車中のことこと列車)
(柚須原駅駅舎ホーム側)
(駅名票)
(運賃表)
(改札口)
(改札口からことこと列車を望む)
(柚須原駅で出発を待つことこと列車)
(柚須原駅出発)
ことこと列車に戻ると、佐々木チーフから信じられないような話が、腕木式信号機を復活させるとのこと。それもかなり具体的で、すでに工務の作業員の方が、計画を実行されている段階と聞いた。
近いうちに現役の腕木式信号機の復活が見られたら嬉しいと思う。
(山間部とレトロな鉄橋)
(レトロな鉄橋を進行)
(両側に林が広がる)
(佐々木運転士の車窓案内で先頭部に集まる乗客)
(最初から複線を想定し作られた隧道)
(山間部から農村部へ)
(神社の境内を線路が横切る:映画やアニメの1シーンのような場所)
(踏切と鉄橋)
興奮が冷めないまま柚須原駅を出発しコースの最後の珈琲を楽しむ。続いて、この先の源じいの森~崎山間で、九州最古の隧道を通過すると佐々木運転士から案内が流れる。
第二石坂トンネルと称するこの隧道は、1895年(明治28年)に完成している。100年以上現役で使用されている。目の前に第二石坂トンネルが現れると、なんと複線を想定した仕様となっていた。この後も隧道、鉄橋、神社の境内を抜けるなど、車窓は次々と目を楽しませるものになっていく。
田川線には、昭和の風景が多々残っているといっても過言でないような気がした。
(定期列車と交換)
(令和コスタ行橋駅)
そして、フィナーレを迎える直前には、令和コスタ行橋駅を通過する。
この駅は、改元後全国初の新駅だそうで令和元年8月24日に開業したばかりである。ここもことこと列車と同じくドーンデザイン研究所の設計とのこと。
(終点行橋駅に停車中のことこと列車)
進行方向右手から日豊本線が近づいてくると、いよいよ終点の行橋駅である。
直方から田川伊田、再び直方に戻り、金田、田川伊田、柚須原、行橋と約3時間半のクルーズだが、クルーの皆さんのおもてなし、おいしい食事とワイン、上品な車両となつかしい車窓のお陰で、充実した時間となり実時間よりも短く感じ下車が名残惜しかった。
(ことこと列車本日のクルーのみなさん:行橋駅)
本日の関係者のみなさんに心から感謝します。ありがとうございました。
腕木式信号が復活したらまた、ことこと列車の予約待ちをしようと思う。
当ブログにお越しくださいましてありがとうございます。
本件記事は、本編4編と番外1編の計5編で構成し4編目(本編完結)です、次回の更新は未定です。
本件記事掲載にあたり平成筑豊鉄道の関係者の皆様のご協力を頂戴しましたことに深く御礼申し上げます。
2019年10月06日
ことこと列車③60thクルーズ/呑み鉄plus
ことこと列車③まだまだ続くよ!感動とおもてなし

ことこと列車は12:35直方駅に到着した、ここまで出発後約1時間を経過している。ここで再びスイッチバックする、また乗客のためのトイレ休憩の時間でもある。約20分の時間が設けられている。
ことこと列車はWCが設備されていないので、駅でトイレ休憩をすることによってカバーしていることが覗える。
このあとも金田、田川伊田、油須原の各駅で停車し休憩が可能だ。

(ことこと列車)
直方駅のホームでは、乗客のみなさんが記念撮影に勤しんでいる。クルーのみなさんもアテンドに忙しそうだ。
龍鐵氏と呑鉄朗は、自席で北海道以来二ヶ月ぶりの呑み鉄談義。
目の前のワインも消費されていく。
周囲には乗客が戻り始める、まもなくことこと列車の出発時刻だ。
クルーの皆さんが乗客の乗り忘れがないかを確認して、定刻に直方駅を出発進行。
再び、田川伊田そしてその先の行橋を目指す。

(直方駅出発)
ことこと列車は観光列車でもあるので、沿線の紹介なども案内される。その案内の中心的役割を担っているのが佐々木運転士である。そのため運転中でも(安全に)案内が可能な様にヘッドセットを着装されている。
車窓に流れる福智山や香春岳など沿線の見どころを初めての乗客にもわかりやすく説明されている。また案内は運転士だけでなく、クルーからも行われ、列車全体にどこかしら一体感のような雰囲気がつくられていく。

(黒ダイヤ 海老のフリット)
龍鐵氏と呑鉄朗のワインの消費も順調?だ。
続いて次の料理「 黒ダイヤ 海老のフリット (筑豊の誇り) 」がテーブルに。

(クルー:上野氏)
料理を運んでくれたクルーの上野氏に接客の研修は航空機会社など社外のものか尋ねたところ、すべて自社での研修とのこと、また上野氏は運行開始前の試運転からクルーとして乗務しているとのこと。
つまり研修以外は、この列車の今までのクルーズにより実践で身につけられたということ。
細かな気配りが素晴らしい。龍鐵氏も同意見!
それでは黒ダイヤいただきます!!
石炭をイメージした黒い外観であるが、中はふわふわで食感も良い。

(黒ダイヤ 海老のフリット)
ことこと列車は、先ほどのキハ2004の横を抜け金田駅に到着する。約10分強の停車時間がある、ここまで列車全景を撮影出来るチャンスがなかったので対向ホームへ向かう。

(ことこと列車)

(金田駅)

(金田駅)

(ことこと列車)

(ことこと列車)
この駅での撮影者はほとんどなく、撮影に専念出来た。実はこの停車は、ことこと列車にとって重要な意味があった。このあとの料理や食材の積み込みがなされていた。
温かい料理を提供するためのおもてなしにいろいろな工夫があることを知った。

(和牛頬肉のパピオット)

(和牛頬肉のパピオット)
列車に戻ると次の料理「 和牛頬肉のパピオット (上野焼を感じながら) 」の提供中であった。
副題のとおり上野(あがの)焼の皿にて提供される。
とろけるほどに良く煮込まれて、口の中に美味しさが広がる。ワインとの相性も良いと思う。
また地元から取り寄せた焼きたてパンも提供された。人気店の2店舗のものとのこと。
ことこと列車が金田を出ると、線路は進行方向右に分かれていく。一度目は見逃したのだが、金田と田川後藤寺を結ぶ同社の糸田線の路線である。

(車窓:香春岳)

(香春岳と白ダイヤ)
一方、進行方向左の車窓には香春岳が見えてくる。一の岳・二の岳・三の岳で構成されるが、一の岳は石灰採掘で削られ山頂が平たくなっていた。滋賀県の伊吹山に通ずるところがある。
クルーの角田氏から削られる前の一の岳の写真と白ダイヤ(石灰石)を見せてもらった。

(三井田川炭坑跡煙突)
さらに先へ進むと、進行方向右の車窓に二対の煉瓦の煙突が見えてくる。三井田川炭坑の跡地に整備された田川市石炭・歴史博物館のものだそう。かつて石炭産業が盛んなころは、それらが稼働し日本のエネルギー産業を支えていたのだ。
現在では、国内での石炭の炭鉱は過去のものとなっているハズだ。クルーの角田氏によると学校のチャイムには炭坑節が採用されているとか。
ことこと列車は、13:35田川伊田駅に到着する。ここでは、休憩に加えて駅ホームで地元産物やお土産の販売がある。

(田川伊田駅マルシェ:買い物時間①)

(枕木オーナー制度)

(田川伊田駅マルシェ②)
当ブログにお越しくださいましてありがとうございます。
本件記事は、本編4編と番外1編の計5編で構成し3編目です、次回は日曜日に更新する予定です。
本件記事掲載にあたり平成筑豊鉄道の関係者の皆様のご協力を頂戴しましたことに深く御礼申し上げます。
ことこと列車は12:35直方駅に到着した、ここまで出発後約1時間を経過している。ここで再びスイッチバックする、また乗客のためのトイレ休憩の時間でもある。約20分の時間が設けられている。
ことこと列車はWCが設備されていないので、駅でトイレ休憩をすることによってカバーしていることが覗える。
このあとも金田、田川伊田、油須原の各駅で停車し休憩が可能だ。
(ことこと列車)
直方駅のホームでは、乗客のみなさんが記念撮影に勤しんでいる。クルーのみなさんもアテンドに忙しそうだ。
龍鐵氏と呑鉄朗は、自席で北海道以来二ヶ月ぶりの呑み鉄談義。
目の前のワインも消費されていく。
周囲には乗客が戻り始める、まもなくことこと列車の出発時刻だ。
クルーの皆さんが乗客の乗り忘れがないかを確認して、定刻に直方駅を出発進行。
再び、田川伊田そしてその先の行橋を目指す。
(直方駅出発)
ことこと列車は観光列車でもあるので、沿線の紹介なども案内される。その案内の中心的役割を担っているのが佐々木運転士である。そのため運転中でも(安全に)案内が可能な様にヘッドセットを着装されている。
車窓に流れる福智山や香春岳など沿線の見どころを初めての乗客にもわかりやすく説明されている。また案内は運転士だけでなく、クルーからも行われ、列車全体にどこかしら一体感のような雰囲気がつくられていく。
(黒ダイヤ 海老のフリット)
龍鐵氏と呑鉄朗のワインの消費も順調?だ。
続いて次の料理「 黒ダイヤ 海老のフリット (筑豊の誇り) 」がテーブルに。
(クルー:上野氏)
料理を運んでくれたクルーの上野氏に接客の研修は航空機会社など社外のものか尋ねたところ、すべて自社での研修とのこと、また上野氏は運行開始前の試運転からクルーとして乗務しているとのこと。
つまり研修以外は、この列車の今までのクルーズにより実践で身につけられたということ。
細かな気配りが素晴らしい。龍鐵氏も同意見!
それでは黒ダイヤいただきます!!
石炭をイメージした黒い外観であるが、中はふわふわで食感も良い。
(黒ダイヤ 海老のフリット)
ことこと列車は、先ほどのキハ2004の横を抜け金田駅に到着する。約10分強の停車時間がある、ここまで列車全景を撮影出来るチャンスがなかったので対向ホームへ向かう。
(ことこと列車)
(金田駅)
(金田駅)
(ことこと列車)
(ことこと列車)
この駅での撮影者はほとんどなく、撮影に専念出来た。実はこの停車は、ことこと列車にとって重要な意味があった。このあとの料理や食材の積み込みがなされていた。
温かい料理を提供するためのおもてなしにいろいろな工夫があることを知った。
(和牛頬肉のパピオット)
(和牛頬肉のパピオット)
列車に戻ると次の料理「 和牛頬肉のパピオット (上野焼を感じながら) 」の提供中であった。
副題のとおり上野(あがの)焼の皿にて提供される。
とろけるほどに良く煮込まれて、口の中に美味しさが広がる。ワインとの相性も良いと思う。
また地元から取り寄せた焼きたてパンも提供された。人気店の2店舗のものとのこと。
ことこと列車が金田を出ると、線路は進行方向右に分かれていく。一度目は見逃したのだが、金田と田川後藤寺を結ぶ同社の糸田線の路線である。
(車窓:香春岳)
(香春岳と白ダイヤ)
一方、進行方向左の車窓には香春岳が見えてくる。一の岳・二の岳・三の岳で構成されるが、一の岳は石灰採掘で削られ山頂が平たくなっていた。滋賀県の伊吹山に通ずるところがある。
クルーの角田氏から削られる前の一の岳の写真と白ダイヤ(石灰石)を見せてもらった。
(三井田川炭坑跡煙突)
さらに先へ進むと、進行方向右の車窓に二対の煉瓦の煙突が見えてくる。三井田川炭坑の跡地に整備された田川市石炭・歴史博物館のものだそう。かつて石炭産業が盛んなころは、それらが稼働し日本のエネルギー産業を支えていたのだ。
現在では、国内での石炭の炭鉱は過去のものとなっているハズだ。クルーの角田氏によると学校のチャイムには炭坑節が採用されているとか。
ことこと列車は、13:35田川伊田駅に到着する。ここでは、休憩に加えて駅ホームで地元産物やお土産の販売がある。
(田川伊田駅マルシェ:買い物時間①)
(枕木オーナー制度)
(田川伊田駅マルシェ②)
当ブログにお越しくださいましてありがとうございます。
本件記事は、本編4編と番外1編の計5編で構成し3編目です、次回は日曜日に更新する予定です。
本件記事掲載にあたり平成筑豊鉄道の関係者の皆様のご協力を頂戴しましたことに深く御礼申し上げます。